永劫回帰は生への強い肯定の思想であると同時に、
「一回性の連続」という概念を念頭に置かねばならない。
つまり、転生思想のように前世→現世→来世と“生まれ変わる”ものでは決して無く、
人生とはカセットテープのように、仮に生まれ変わったとしても
“その年その時その瞬間まで、まったく同じで再び繰り返す”というものである。
仮に2012年8月に、あなたは唐草模様の服を着てセカンドバッグを持ち、
茶色のズボンを履いて14:45に新宿駅で女王様と待ち合わせして、
「A」というホテルに行き、裸で逆さ吊りにされ鞭での拷問を受けながら
「のろまな豚!」と罵られる。そしてプレーが終わったあとに麻布の「S」という店で
女王様と何事もなかったかのようにゲラゲラ笑いながら、
鰻の肝焼きとビールで乾杯していたとしよう。
命尽きて生まれ変わっていたとしても、
2012年8月に、あなたは唐草模様の服を着て黒いセカンドバッグを持ち、
茶色のズボンを履いて14:45に新宿駅で女王様と待ち合わせして、
「A」というホテルに行き、裸で逆さ吊りにされ鞭での拷問を受けながら
「のろまな豚!」と罵られる。そしてプレーが終わったあとに麻布の「S」という店で
女王様と何事もなかったかのようにゲラゲラ笑いながら、
鰻の肝焼きとビールで乾杯していている。
リセットしてカセットテープを巻き戻しただけの状態になる。
これが「一回性の連続」である。それを永遠に繰り返す。
故に、己の人生に「否」(いな)と言わず、「然り」(しかり)と言う為、
強い人生への肯定が必要なのである。
ツァラトストラは自ら育てた闇に食われて死して逝く幻影を見る。
最高へは常に最深から。超人は神々の黄昏に力強く現れる。
闇を知り、闇を破し、死してなお生への強い「然り」を繰り返す。今、ここにある瞬間の己に強く頷く態度、それこそが超人への道であり、
永劫回帰の根幹である。

「人生のメリーゴーランド」久石譲
彩月(あやつき)
ハードオナニスト。