霧雨のなか、部屋の中で高村光太郎の「智恵子抄」を読む。
彼の言葉は息がつまるほどうつくしい。
人はうつくしいものを見て、突き動かされるような情動を感じることで
生きている実感を得るいきものなのだと思う。
日光の山奥はまだ涼しく、朝は暖房をかける生活。
そこで見かけた水仙は、露に濡れてうつくしく咲き誇っている。
しかし、この花はリコリンとシュウ酸カルシウムという猛毒を含む。
間違って食べると中毒症状をおこすか、ひどい場合死亡する。
目にうつくしいものはすくなからず、毒物を含んでいるということだ。

水仙というとナルシストの語源、ギリシャ神話に登場するナルキッソスを思い出すわね。
ナルキッソスは、その美しさにさまざまな相手から言い寄られたものの、高慢にはねつけ
恨みを買っちゃう。ついには、そんな彼への呪いを聞き入れた復讐の女神ネメシスにより、
水鏡に映った自分自身に恋してしまう。水面の中の像は、ナルキッソスの想いに
決して応えることはなく、彼はそのまま憔悴して死ぬ。そして、その体は水辺で
うつむきがちに咲くスイセンに変わった、というものである。
だからこそスイセンは水辺であたかも自分の姿を覗き込むかのように咲くのである。
うつくしいが傲慢で、それゆえに猛毒を放つ、悲しげな花。

そんなこんなで、東京に帰ってからおなじみさんと変態して。
鼻穴をフックで広げて「鼻穴ドマゾ調教」。
鼻穴を臭いと体液で犯される感覚。興奮の雄叫び。
これが君のカタルシスなんだ。
わかるかな?
なんとも悲しげな目をする人びと!
これがお前のカタルシスなんだ。
わかるかな。
これがお前の宇宙だということだね。
お前の中のちいさな自然の脅威が暴れている。
宇宙を感じるがいい。
そして、私とあなた手に手をとりあってぐるぐる周りながら
バターのように溶けてしまおう。
あなたの目の中に映る私は顔は、にっこり微笑んでいるはずだから。
そこがたとえ地獄でも、あなたは幸せだろう。